ずいぶんと涼しくなったように感じます。
夜も虫の音に、初秋のおぼえです。
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一枚のスナップ写真。
振り返れば40℃近い最高気温もあった先月、
八月の京都・鴨川沿いを下がる向きに撮りました。
日ざしが遮られててもあまりの暑さに人の姿はほぼなくて。
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そんな八月の中ほど、下鴨神社の糺の森で開催された、
“第39回 下鴨納涼古本まつり”(2026年 8月11日~16日)
例年どおりの賑わいで、本好きの集いにとても癒されました。
出店されてた古本屋さん古書店さんを見てまわって、
文庫本に単行本、小説に漫画と、何冊か購入しました。
そんな今年の購入本に、その中から二冊をピックアップ。
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一冊目に……
「なんとなく、クリスタル」
1981年 1月20日 初版発行 / 河出書房新社 / 880円
とても読みたかったんです、
ものすごくブームにあったその雰囲気も含めて、
現に刷を重ねる文庫本じゃなくて、当時出版された単行本で。
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1980年、二十歳の大学生・由利の、あるがままの生きよう、
その澄んだ(クリスタルな)感性のつづられた一編。
モデルとして月に40万円近く稼ぐ彼女は、
彼氏の淳一 = 音楽活動で卒業を逃した大学五回生の、
コンサートツアーするほどに知られたフュージョングループの
リーダーでスタジオミュージシャンとしても活躍する、と、
同棲、ではなく、(必要以上に束縛しない考えからの言葉で)
共棲、してる。生活に裕福。二人の親も裕福。
彼女の交友関係にある皆も、裕福。
親が会社経営者だとか、彼氏は医者の卵だとか……
そんな、とにかく裕福のほかなしといったような強固な設定で、
彼女にとって「なんとなく」気分のいい生き方、考え方が、
彼女の生活レベルに親しく近しい好みの事物・事象(ファッション、
音楽、ディスコパーティーでの異性との交流、などなど)を通じて
あざやかに描かれてる。
ストーリーの構造的なところに
たとえば大きな山や谷といったようなのがない
物語性の解体、あと相対主義が感じられて、それが、
作品の発表されたその時期もあって、ポストモダンテイスト。
最後の段まで軽やかに読めて、
だからともいえる、物語最後のランニングシーン、
彼女のから香るディオリッシモと汗のまじりあうあたりに、
そのとき彼女の抱く三十代になったときの自身のありようへの
明るい期待に対し、
まだ見えぬ影の部分・不穏の香りをおぼえもして。
読後感の一つに、モデルとして多額を稼ぐほどの彼女に、
注釈にある固有名詞(ブランド名やミュージシャン名など)と同じく
売れる顔として世間に消費されてる存在に間違いなくて、(やがて
バブル景気を迎える)消費社会その気分によって生かされてる、
といったふうで、そこにアイロニーを見るよう。
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この作品をそう足らしめてもいる特徴に、442個の注釈。
注釈の用意されてるものに少し適当にピックアップしてみると、
「FEN」「白金台」「オレンジ色のデジタル目覚まし」
「ケニー・ロギンズ」「バークレー」「シップス」
「クレージュ」「ミハマ」「パープリン」……
といったほか、
「途中で乗り降りする男の子をクラスメートと一緒に品定めする」
とか
「口直しにケーキが食べたかった」みたいな、
固有名詞じゃないところに捕捉としての注釈もあります。
あと、単行本の最後に、これがこの作品に重要で、
「出生率」「老年人口比率」その公的な推移予測データが載っていて、
この作品の読み方その角度に決してなんとなくとはいかない
鋭さをもたらしてきます。
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そうそう、これに驚きでした。
この作品、映画(1981年公開)になってるんですけど、
彼女・由利の彼氏役に、その決まる前までの候補者に
坂本龍一さん(!)それから、野呂一生さん(!)の
お名前も挙がってたんです。
その当時のお二人に、一方はYMO(やそれ以外)で、
もう一方はフュージョングループ・カシオペアで
繁忙だったでしょうから、実現は厳しかったものと。
ですけれど、もし、どちらか一方が出演にあったなら……
いいえ、どちらであっても観てみたかった。
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読了し、
そのときのムードを味わうことができましたので、
遅ればせながら「33年後のなんとなく、クリスタル」
を読みたいと思います。
二冊目へつづく














